「仏説父母恩重経」 36 をりをり帰れ母の夢路に、、、

支那事変の初期の頃、立山英夫という少年歩兵少尉がおられました。彼は永定河の戦いで戦死しました。その折に彼の胸の内ポケットから血まみれの1枚の写真が、発見されました。その写真は、少尉の母親の写真でありました。そして写真の裏には、少尉の母親に対する思いのたけが書き綴られていました。

私は立山英夫少尉が魂を込めて書き記された長歌を、靖国神社の隣にある遊就館で発見しました。発見した時、しばらくその場に立ち尽くしました。気が付くと男泣きしておりました。恥ずかしけれ、、、。その長歌は「仏説父母恩重経」と「竹内浦次氏の長歌」とを上手く切り貼りしながら作られたものだったからです。

 

「をりをり帰れ 母の夢路に」

若し子の遠く行くあらば 帰りてその面見る迄は
出でても入りても子を憶ひ 寝ても覚めても子を念ず
己生あるその中は 子の身に代わらんこと思い
己死に行くその後は 子の身を守らんこと願ふ
あゝ有難き母の恩 子は如何にして酬ゆべき
あはれ地上に数知らぬ 衆生の中に唯一人
母とかしづき母と呼ぶ 貴きえにし伏し拝む
母死に給うそのきはに 泣きて念ずる声あらば
生きませるとき慰めの 言葉交わして微笑めよ
母息絶ゆるそのきはに 泣きて念ずる声あらば
生きませるとき慰めの 言葉交わして微笑めよ
母息絶ゆるそのきはに 泣きておろがむ手のあらば
生きませるとき肩にあて 誠心こめてもみまつれ

お母さん お母さん お母さん
お母さん お母さん お母さん
お母さん お母さん お母さん
お母さん お母さん お母さん
お母さん お母さん お母さん
お母さん お母さん お母さん
お母さん お母さん お母さん
お母さん お母さん お母さん

靖国あ (2)あ (1)

 

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